昨日は、午前中、J:COM(ケーブルテレビ)の取材がありました。7月上旬の空いた放送時間の調整に不定期に流すらしいです。(違ってるかも・・)
ずっと以前、NHKに出たときには、たったの5分か10分の放映に2日間も撮影して驚いた経験があったので、テレビって、すごい時間をかけてちょっとの時間に編集するもんなんだと思っていましたが、今回はサササっと終了!
私自身は、テレビで自分が流れても、録画どころか自分は見ていないなんてことが多く、『見たよ』って言われて、『ああ、放送されたんだ』って感じなことが多いです。この前のラジオの放送も自分では聞いていません。
時間があわなくて見聞きしないというより、自分で自分を見るのは恥ずかしいから・・が、一番大きい理由です。
あとから、自分の過去(したことや話したことや姿)を見るのは、気恥ずかしいものですよね。昔の若い頃の映像を見せられた芸能人の方も、よく『きゃ〜はずかし〜』って言ってます。
なぜ、恥ずかしいのでしょう?例えば、『容姿が老けたなあ』とか『あ〜、あんな恥ずかしいこと言ったんだ』とか『姿勢が悪くて、恥ずかしいなあ』とか、がっかりしたくないのかもしれません。
要するに、
理想があって、理想に近づくために行動しながら、その結果・現実が、理想とはかけ離れていることを『知りたくない』のでございます。
“安く買えたわ(得したわ)”というときは、“あと1週間待ったら、もっと安く買えたのに・・くやし〜!”なんて思わずに、そのまま満足していたいし、
“おしゃれしたから、きれいなはず”というときは、“こんなはずでは・・”と思いたくない。
ダメなところに目をつぶる良いところだけを感じてたい個人的な人付き合いや、自分のモチベーションアップにおいては、これが大切だったりもします。
人間には、“自分が気分良くいるため”に、勘違いをしたい!という欲求があって、これは、人間の本能的な部分ですから、気をつけないと頭をもたげてくるものです。
さて、
個人生活はおいておいて、会社や組織になったときは、これではいけないことは明白です。
ダメ(業績不振)という結果は認めても『景気などの外的要素で仕方ない。そのうち何とかなるだろう。』にしておくと、その場の個々はその時点では楽なので、“ダメ”が進行していくだけってことになるからです。
話題の
飛騨牛の一件にしても、ダメ(不正)なこととは知っていても、『顧客からのクレームはないから裏切りではない&もったいない』と正当化するうち、“ダメじゃない”という勘違いをしてしまいました。
“ダメ”を見ずに勘違いした結果どうなるか判断は、しておかなくてはいけませんね。
PS.
テレビに写った自分の姿は確認したくない!!&まだまだ若いぞ!的勘違い維持は、許されるかな??見える化とは矛盾していますけど! (^^;
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